川上未映子さんの岩波文庫の読み方

自分の知らない何かに出会うこと……、自分の意識からの束の間の自由を味わってみること……もちろん完全ではありませんが、お勧めの方法がひとつあって、たとえば岩波文庫の棚の前、背表紙の文字が小さくてまだよく見えない位置に立って、目をつむって数歩ゆき、目をずっとつむったまま手を伸ばして最初に指先に触れた本を必ず購入して必ず読みきる、という決まりを自分で作って実行してみる、ということです。手に触れた本がたとえ難しすぎるように思える本や、これまで読んできた本と全く関係がないように思える本、タイトルの意味も文字もわからないような本だったとしても、却下せずにそれを必ず読んでみるということを実行すれば、予想外の本に出会う確率がうんと高くなるはずです。わたしも好んでこの方法で本を選んでいた時期があり、それまでの自分の選択の連鎖や感染ではきっとたどり着けなったであろう世界に足を踏み入れたあとには、その一回性の偶然に、感謝のような、危なかったような、なんだか不思議な気持ちが渦巻いたものでした。
  川上未映子「ぐうぜん、うたがう、読書のすすめ」岩波文庫 読書のすすめ
  第13集 p.34,35